1703年パリで画家の家庭に生まれる。
父より絵画を学び、幼くして才能を現す。
フランソワ・ルモワーヌに師事し、本格的に絵画を学び始めるやいなや、
弱冠20歳にして 王立アカデミーのコンペティションで第1席を受賞 し、
一躍その才能を認められる。
30歳で マリー=ジャンヌ・ブソーと結婚 、
翌年にはアカデミー会員となり、
その後アカデミーの助教授にも任命される。
このころには ヴェルサイユ宮の天井を飾る絵画や王に献上する絵など
数多くの注文を受け、大きな成功をおさめる。
若くして 宮廷画家として一級と認められたブーシェではあるが、
この時代ではまだ芸術家や学者の社会的身分は低かった。
その彼に惜しみない援助を与え、彼を一躍時代の顔にしたのが、
「ロココの華」として不動の地位を築いたポンパドール夫人であった。
平民出身でありながらその生涯を終えるまでルイ15世の愛妾として
宮廷に絶大な権力を振るったポンパドール夫人は
ブーシェの絵を愛し、彼を絵画の師とした。
彼はポンパドール夫人をモデルに多くの傑作を描き、
彼が描くヴィーナスも彼女がモデルであったといわれている。
二人は ルイ15世下の文化政策を担当し、
両輪となって新しいフランスの様式美を創り上げていった。
それがいわゆる「ロココ様式」といわれるもので、
そのしなやかで官能的な曲線や繊細で優美な装飾性は
フランス中を虜にした。
1764年にポンパドゥール夫人 (当時すでに侯爵夫人の肩書きを
贈られていた)が死去してからもブーシェの権力は衰えることはなく、
その翌年には 主席宮廷画家に任命され、アカデミー会長も兼任した。
1770 ルーブル宮にて死去。
後に軽薄で過剰な装飾 と批判を受けることもある彼らの芸術だが
その優雅な美しさは後世の画家の多くに影響を与えている。
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