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コロー       
   
 

作品例
 

バルビゾン派に大きな影響を与えたフランスの風景画家。
裕福な婦人服飾商の子としてパリに生まれる。
両親からは絵の道に進むことをなかなか許されなかったが、
一生仕送りを、後には遺産をも受け取ることを条件で絵の道に入る。
1825年頃からイタリア留学し、自然の美しさを見る目を養った。

その後 主にコロー家の別荘があるパリ近郊ヴィル・ダヴレーで
1年の大部分を過ごすようになり、
自然に即した風景画家として注目を浴びる。
その詩的な画風は多くの人に愛され、
55年パリ万博美術展でグランプリに輝き、
この頃から画風は銀灰色を主調に叙情的、夢想的となって
その美しさは圧倒的な人気を博し、
作品も国家買上げとなるほどであった。

後にバルビゾン派の聖地となるフォンテーヌブローの森も
早くから描き始めていた。
バルビゾン派とは、1830年頃からバルビゾン村に集い、
パリの南東フォンテーヌブローの森で写生していた、
写実的自然主義の画家たちを指す。
コローは、ミレー、ルソー、トロワイヨンらとともに、
バルビゾンの七星」として 高い評価を得た。
彼らは、貧しいつつましい農民の生活やありふれた風景を主題とし、
これらに存在理由を見出して、同じ頃おこり始めたリアリズム運動に
非常に大きな影響を与え、後の印象主義に道を開いた。

人柄は彼の描いた絵に表れているように、やさしく暖かく穏やかで
画風・流派を問わず多くの若い画家たちには
ペール・コロー(コロー親父)と慕われていたという。

「コローは生涯に2000点の油絵を描いた。
そのうち5000点はアメリカにある」という有名な笑い話は、
お人よしのコローが貧乏な若い画家たちの作品に少しだけ手を入れ、
自分のサインを入れて経済的に援助したことからくる。
コローは巨匠といわれるようにになっても質素な暮らしを続け、
その収入の多くは恵まれないたくさんの画家たちに、
援助を与えるために使ったといわれる。

彼の最期の言葉は彼の人柄をよくあらわしている。

「私は空の描き方を知らなかったようだが、
今、人に見せたいほどの素晴らしい空を見ている。
バラ色で深みがあり、透き通っているのです。
もう朝ご飯はいらないよ。
コローじいさんはあっちへ行って食べるからね」

彼は今、彼をもっとも慕っていたドービニーとドービエとともに、
3人仲良く並んで 眠っている。

Landscape in Honfleur Road to Sin-Le-Noble La Rencontre au Bord du Chemin
Landscape in Honfleur

Road to Sin-Le-Noble

La Rencontre au Bord du Chemin
Ville D'Avray La peche en barque aupres des saules Road Through the Tulip
Ville D'Avray
(ヴィル・ダヴレー)

La peche en barque aupres des saules

Road Through the Tulip

Ville d'Avray, l'etang au bouleau devant les villas L'etang de Ville d'Avray  

Ville d'Avray, l'etang au bouleau devant les villas

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

L'etang de Ville d'Avray