人柄は彼の描いた絵に表れているように、やさしく暖かく穏やかで
画風・流派を問わず多くの若い画家たちには
ペール・コロー(コロー親父)と慕われていたという。
「コローは生涯に2000点の油絵を描いた。
そのうち5000点はアメリカにある」という有名な笑い話は、
お人よしのコローが貧乏な若い画家たちの作品に少しだけ手を入れ、
自分のサインを入れて経済的に援助したことからくる。
コローは巨匠といわれるようにになっても質素な暮らしを続け、
その収入の多くは恵まれないたくさんの画家たちに、
援助を与えるために使ったといわれる。
彼の最期の言葉は彼の人柄をよくあらわしている。
「私は空の描き方を知らなかったようだが、
今、人に見せたいほどの素晴らしい空を見ている。
バラ色で深みがあり、透き通っているのです。
もう朝ご飯はいらないよ。
コローじいさんはあっちへ行って食べるからね」
彼は今、彼をもっとも慕っていたドービニーとドービエとともに、
3人仲良く並んで 眠っている。