1877年フランスの北の港町ル・アーヴルで
11人兄弟の2男として生まれる。
父親は教会の指揮者兼オルガン奏者、母はヴァイオリン奏者という、
貧しいが音楽を愛する仲のよい家族だった。
デュフィは、14歳から貿易会社で働き、家計を助けながら
夜学の美術学校でジョルジュ・ブラックとともに絵を学んだ。
仕事の合間には、
彼の生涯愛したモチーフとなるル・アーヴルの港をスケッチした。
右利きだったデュフィは技巧に走り過ぎることを懸念し、
左手で描いたという。
23歳の時、町の奨学金を貰って一人故郷を離れ、パリへ向かった。
彼は パリ国立美術学校で学び、
マルケやマチスら野獣派やキュビスムなどに触れながら
やがて光を色に置き換え、独自の作風を打ちたて、
明るく、楽しい、喜びに包まれた絵を描き始める。
34歳の時に結婚。しかし絵はすぐに認められたわけではなかった。
このころ副業として本の挿絵を始める。
詩人アポリネールの「動物画集」の装丁は彼の手によるものである。
しかし収入はそれでも足りず、
繊維会社のテキスタイルデザイナーとして
布地のプリントのデザインを手がけ、
数々の素晴しいテキスタイルを発表した。
これをきっかけに
「色彩の魔術師」「色彩の詩人」といわれたデュフィの作風は
広く受け入れられ始める。
1953年、ラウル・デュフィは75歳の生涯を閉じる。
描かれたとき、彼が不遇であっても幸せであっても
彼の絵はいつも明るく、 歌うように軽やかで見るものを楽しませる。
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