1836年フランス
グルノーブルで生まれる。
父はイタリア系で風景を描いた画家であり、
幼くして父から絵を習い始める。
幼少の頃に家族とともにパリへ移住。
ルーブル美術館に通いつめ巨匠たちの作品の模写を始める。
ヴェロネーゼの『カナの婚宴』の模写・デッサンを行っていたときに
ホイッスラーと出会い、以後親交を結ぶ。
1859年に ホイッスラーを訪ねイギリス訪問。
このころマネとの出会いや サロンへの入選などをきっかけに、
次第にアカデミックな技法から離れ、
印象派の画家たちが集まるカフェ・ゲルボワに通うようになる。
印象派との親交から、同じ展覧会に出品。
しかし、印象派の革新的な技法を利用することはなく、
美しい花の絵をロマン主義の流れを汲む独特のタッチで描き始める。
この花の絵は大変高く評価され、
薔薇の花を描かせたら右にでる者はない、と謳われた。
現在も世界中で愛されているオールド・ローズのファンタン・ラトゥールは
彼の名にちなんでつけられた品種である。
交友の幅は非常に強く、ルドンにリトグラフを教えたり
ベルト・モリゾをマネに引き合わせたりと
作品以外にも近代絵画に非常に大きな役割を果たした人物である。
詩人、音楽家とも交友し、
ランボーらの文学者らを描いた『テーブルの片隅』(1872)や
音楽をモチーフにした作品を数多く制作する。
後期には 神話を題材とした幻想的な作品なども描いた。
後期の代表作「夜」は国家買い上げとなり、
現在はオルセー美術館で見ることができる。
1904年 フランスのビュレにて死去。
日本ではさほど名の知られていない画家だが
ヨーロッパ各地では彼の写実的かつロマンティックで静謐な画風は
今でも多くの人に愛され、高い評価を受けている。
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