1898年、ベルギー西部レシーヌ婦人帽子店の家庭に生まれる。
本名Rene Francois Ghislain Magritte。
1899年にジリという町に移り、
1904年にはシャルルロワ近郊のシャトレに移り、
少年時代のほとんどをこの地で過ごすことになった。
12歳で絵の勉強をはじめるが、
13歳の時、 母が家からほど近い河に身を投げ、
原因不明の自殺をとげるという不幸な事件に見舞われてしまう。
1916年、18歳でにブリュッセルの美術学校に入学。
1921年には戦争省に所属、基地で兵役についた経験もある。
そして翌年、1922年に幼なじみのジョルジェット・ベルジェと結婚。
彼女とは生涯を共にし、彼の作品のミューズとして
たびたびモデルとされることとなる。
この頃は、彼にとって自分の絵を確立するための模索の時期で、
グラフィックデザインや広告ポスターなどの仕事で生計を立てつつ
多くの新しいスタイルの芸術や新進の芸術家たちと親交を深めた。
そして 1923年、ジョルジョ・デ・キリコの『愛の歌』に出会う。
この彼は「涙を抑えることができない」ほどの感銘を受け、
これがきっかけでシュルレアリスムに目覚めることになる。
そして1926年、初めてのシュルレアリスム的作品『迷える騎手』を発表。
翌年には、ブリュッセルのル・サントール画廊で初個展を行い、
ベルギーの中でのシュルレアリストとして中心的な存在となる。
以後3年間パリに滞在し、ダリやミロなど多くの芸術家と出会い、
シュルレアリストのリーダー的存在だったアンドレ・ブルトンのグループに
加わったが、ブルトンとの不仲が原因で1930年ブリュッセルへ戻る。
そして彼は、妻と共に生涯ブリュッセルから離れることはなかった。
帰国後1954年までを過ごしたブリュッセルのジェット区エッセゲム通りの
住まい兼アトリエは、リビングとアトリエを当時そのままに修復され、
現在マグリット美術館として公開されている。
独創的でシュールな「イメージの魔術師」といわれる画風や
多くの個展が開かれる一流の画家というイメージとは裏腹に、
彼の性格は穏やかで、清潔なスーツに身を包み、
妻や友人を大切に心静かな毎日を過ごしたといわれている。
1967年8月15日、ブリュッセル郊外の自宅でガンのために死去。
その19年後に亡くなった妻のジョルジェットとともに、
彼の愛したブリュッセルのスカールベーク墓地に埋葬されている。
彼の描いた作品は、”目に見える思考(マグリットの談話より)”であり、
生涯に制作した1800点以上の作品は
現在でも世界中の人々に愛されている。
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