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作品例
 

スペインの白壁の港町 コスタ・デル・ソルのマラガで
美術教師の息子として生まれる。

言葉より早く絵を覚え、早くから天才少年の名をほしいままにしていた。
「私は子供らしい絵を描いたことがなかった。
年端のいかない少年の頃ですら、そういう絵は1枚も描かなかった」
(ピカソ)

父を師に古典的な絵画を学んでいたピカソは
19歳のとき自由と革新を求め、
友人カルロス・カサヘマスと共にパリへと向かう。

そして、二人は芸術家たちの聖地、パリ モンマルトルで
夢への一歩を踏み出した。
しかし、カサヘマスの様子が次第におかしくなっていく。
恋に悩み、神経を病んでいった彼はついに自ら命を絶ってしまう。

それ以後、ピカソの悲しみは絵にもあらわれ始める。
独特の「青」を基調にした作品ばかりを描くようになったのである。
これが、ピカソの苦悩が作り上げた「青の時代」の到来である。

しかし、その青は3年後 陰を潜める。
きっかけは彼の初めての愛人フェルナンド・オリヴィエとの出会いだった。
二人は若い芸術家たちの集うおんぼろのアパート
多くの著名な芸術家を送り出したあの伝説の 「洗濯船」で
幸せな同棲生活を始めた。
かれはここでジョルジュ・ブラックやマリー・ローランサンと出会い、
若手の才能ある芸術家のリーダーとして陽気さを取り戻す。
「バラ色の時代」の始まりである。
絵は売れ、彼は精力的に作品を発表していった。

そして「アヴィニヨンの娘たち」がうまれる。
「絵画とは美を求めるもの」という概念自体を打ち砕き、
描く対象物の各部分を、あらゆる角度から捉え、
それを キャンパスに再構成する。
キュビズムの誕生であった。

ピカソはブラック等と共に、キュビズムを発展させていく。
そしてそれは、あのフォービズムの大きな波をも凌駕する、
新たなる芸術の一大潮流となっていく。

その後も、ピカソは自らのスタイルを変幻自在に変え、
常に時代の先頭を走り続けていった。

最初にピカソが道を開き、後から大勢の画家がついていく。
その頃には、彼の興味は別の所に向かっているのである。

彼の作品を作る姿が収められているフィルムがある。
「ミステリアス ピカソ 〜天才の秘密〜」である。
フランス政府が国宝に指定されたという 伝説のこの映画のなかで
彼は書き上げた線に惜しげもなく線を重ね、
作品を次々に変化させていく。

「 子供は誰でも芸術家だ。
  問題は大人になっても芸術でいられるかどうかだ」

彼の遺した言葉どおり、 彼は何にもとらわれず、自由奔放に生きて
1973年 92歳で生涯を終える。
20世紀を鮮烈に駆け抜けた天才だった。

The Tragedy, 1903
Femme a La Fesille
Les Demoiselles d'Avignon, 1907
The Tragedy

Femme a La Fesille
Les Demoiselles d'Avignon
(アヴィニョンの娘達)
The Old Guitarist, 1903
Paul as a Pierrot
Lovers
The Old Guitarist

Paul as a Pierrot
Lovers
Guitar Glass Fruit Dish
Guernica, 1937
Women Running on the Beach, 1922
Guitar Glass Fruit Dish
Guernica
Women Running on the Beach